既存のルールベースとは異なるアプローチで。「人間社会の常識」をもった生成AIが実現する完全自動運転 | チューリング ✕ NTTドコモ・ベンチャーズ | 株式会社NTTドコモ・ベンチャーズ

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2024.09.19

既存のルールベースとは異なるアプローチで。「人間社会の常識」をもった生成AIが実現する完全自動運転 | チューリング ✕ NTTドコモ・ベンチャーズ

既存のルールベースとは異なるアプローチで。「人間社会の常識」をもった生成AIが実現する完全自動運転  | チューリング ✕ NTTドコモ・ベンチャーズ

2024年、株式会社NTTドコモ・ベンチャーズ(以下「NDV」)は生成AIを活用した完全自動運転技術の開発に取り組むTuring株式会社(以下「チューリング」)への出資を発表しました。

チューリングは独自開発のマルチモーダル生成AI「Heron」や生成世界モデル「Terra」を活用することで、走行データに存在しない状況でも倫理的に対応可能な自動運転システムを構築し、ルールベースでは到達困難な完全自動運転の実現を目指すスタートアップです。

チューリングはなぜルールベースではなく生成AIを使った自動運転の実現を目指すのか、2025年中に都内で30分間の自動運転を目指すプロジェクト「Tokyo30」の概要やその課題は、NDVはなぜチューリングに投資したのか、両社が描く未来とは。チューリングCEOの山本一成さんとCOOの田中大介さん、投資を担当したNDV(現在はNTTドコモ 経営企画部 事業開発室)の雨宮大地に聞きました。

(左から)チューリングの山本氏、田中氏、NTTドコモの雨宮
(左から)チューリングの山本氏、田中氏、NTTドコモの雨宮

ルールベースでなく、AIベースの自動運転に取り組む理由

── チューリングがどんな会社か、教えてください。

山本(チューリング):
チューリングは完全自動運転技術の開発に取り組むスタートアップです。カメラから取得したデータのみでアクセルやブレーキ、ステアリングといった運転に必要なすべての判断をAIが行う、E2E(End-to-End)の自動運転システムを開発しています。

チューリングの特徴は、生成AIを用いて走行データに存在しない状況でも倫理的に対応可能なシステムを構築し、ルールベースでは到達困難なレベル5の完全自動運転実現を目指している点です。

山本 一成 | YAMAMOTO Issei Turing株式会社 代表取締役CEO
山本 一成 | YAMAMOTO Issei
Turing株式会社 代表取締役CEO
1985年生まれ。愛知県出身。東京大学での留年をきっかけにプログラミングを勉強し始める。その後10年間コンピュータ将棋プログラムPonanzaを開発、佐藤名人(当時)を倒す。東京大学大学院卒業後、HEROZ株式会社に入社、その後リードエンジニアとして上場まで助力した。海外を含む多数の講演を実施。情熱大陸出演。現在、愛知学院大学特任教授も兼任。

── 自動運転の現状を簡単に教えてください。

山本(チューリング):
2010年ぐらいから、スタートアップの文脈でも自動運転が話題になり始めます。当時米カーネギーメロン大学計算機工学科で博士号を取得し、自動運転システムの開発・研究に従事していた、チューリング共同創業者の⻘⽊俊介もその渦中にいた一人でした。当時はセンサーをたくさん使ったり、高精度な3次元道路地図を作ったりすることで自動運転を実現しようとしていて「2020年には完全自動運転が達成できそう」という雰囲気だったそうです。

ところが2024年になった現在でも、完全自動運転は達成できていません。もちろんAlphabet傘下のWaymoがレベル4の自動運転タクシーサービス「Waymo One」をサンフランシスコで開始していたりと、部分的な自動運転は実現されています。しかしどこでも運転できるという状態にはまだ至っていません。それどころか「運転は想定以上に難しい」ということがわかってきたという状況です。センサーやカメラの技術発展は素晴らしかったのですが、これだけでは自動運転は達成できなかったわけですね。

── これまで自動運転はどのような方法で研究されてきたのでしょうか。

山本(チューリング):
一般的な自動運転のスタートアップは「ルールベース」により研究を進めてきました。ルールというのは例えば「白線の間なら走ってよい」「赤信号は止まる」といったものですね。ただこういったルールベースの考え方は、私みたいなAI開発者の立場からすると筋がよくないように思えるのです。

そもそも機械学習というものは想像よりもはるかに難しいもので、開発当初の性能は決して高くありません。そのため機械学習とルールベースを比較すれば、開発当初はルールベースの方がいい結果を出す傾向にあります。しかしルールベースは、ルールの数が増えるとルール同士の矛盾が発生したりして、だんだんと上手くいかなくなるんです。一方で機械学習は、今のところ性能の限界は見えていません。そのため、ある段階から「汎用で強力なAI」の方が優れた性能を発揮するようになるんです。

(提供:チューリング)
(提供:チューリング)

山本(チューリング):
また人間は、自分ができることを必ずしも言語化できる訳ではありません。私は以前、コンピュータ将棋プログラム「Ponanza」を開発していたため棋士にも話を聞いた経験があるのですが、彼らが必ずしも自らの打ち手を説明できるわけではありませんでした。同様に、人間は自分がどうやって運転をしているか、すべてを理路整然と言語化できるわけではないんです。そのため、ルールベースにはどこかで限界が訪れると私は睨んでいます。

ルールベース、センサー、高精度地図。こういったものがこれまでは一般的な自動運転スタートアップの標準的な装備でした。しかし上記のような理由から、これでは自動運転は達成できないと我々は考えています。そこでチューリングは、強力なAIによって自動運転を実現すべきだと考えた、というわけですね。

── AIを使えば、人間と同じような運転が実現するようになるはず、ということでしょうか?

山本(チューリング):
「人間と同じような」というと語弊がありますね。運転や道路についてAIが人間より詳しくなることで、人間をオーバーパフォームする運転ができるようになると考えています。

自動運転と生成AIの関係

── チューリングでは、自動運転に生成AIを用いると公言していますよね。生成AIというと、例えばチャットや描画してくれるものを思い浮かべてしまうのですが、生成AIがどのように自動運転に活かされるのでしょうか。

山本(チューリング):
生成AIが絵や言語をアウトプットできるのは、生成AIがこの世界についての幅広く深い知識をもっているからです。これが非常に重要なポイントとなります。

Turing株式会社|山本氏

山本(チューリング):
運転は、単に障害物を避ければいいというわけではありません。これだけなら難しいとは言っても、クリアできなくはないんです。むしろ難しいのは、明文化された交通ルールはもちろん、明文化されていないルールを認識すること。例えば「白線を超えてはいけない」というルールは、一見正しいと思いますよね。でも現実には「自転車が自車の前を走っていて、対向車線に車がいない」という状況だったら、安全のためにむしろ白線をはみ出して走行しているわけです。

── 「白線を超えてはいけない」は絶対的なルールではないということですね。

山本(チューリング):
はい。大事なことは、交通ルールを絶対的に守ることではなく、人を傷つけたり物とぶつからないようにして安全を確保することです。他にも、例えば道路に矢印があったら「多分こっちに行けということだろうな」と人間なら考えますが、それは人間が社会のコンテキストを理解しているからですよね。単に「運転する」といってもその背景には多様な価値観やコンテキストがあり、この調整には既存のルールベースだけでは限界があります。

田中(チューリング):
ルールベースやセンサーを用いたシステムを作っても、そのシステムは常識やコンテキストを持ち合わせているわけではありません。山本が「生成AIはこの世界についての幅広く深い知識をもっている」と言及していましたが、AIに社会常識や人間のコンテキストを獲得させ、人間のような運転をさせようというのがチューリングのコアなコンセプトなんです。

田中 大介 | TANAKA Daisuke
Turing株式会社 取締役COO

2008年東京大学経済学部経済学科卒業。国内金融機関を経て、2011年Googleに入社。法人向けクラウドサービスG suiteの「エバンジェリスト」として、年間100回以上の講演を行う。2016年より株式会社メドレーに参画。オンライン診療システムやクラウド型電子カルテなど医療機関向けのクラウドサービスを展開するCLINICS事業の事業責任者、執行役員を務める。その後2023年1月にチューリングにCOOとして参画。

田中(チューリング):
「AIが人間社会の常識を備える」ということは、運転というものを考えたとき非常に重要なんです。そもそも人間が運転するためにも、教習所で勉強したり練習したりしますよね。でも、そもそも18歳にならないと公道では運転ができません。肉体的には運転の能力があったとしてもです。なぜなら、18歳未満は「人間社会の常識」が身についていないと判断されるから。つまり、18年程度生きていないと、人間社会の常識は身に着かないんですよね。そこでチューリングは、AIに社会常識や人間のコンテキストを習得させることで「この世界についての幅広く深い知識をもっている生成AI」を開発しようとしている、というわけです。

目標は2025年末までに東京で30分の自動運転

── 自動運転開発に必要なデータのすべてをチューリングで賄うことは難しいように思えます。どんなプレーヤーとどういった連携が必要でしょうか。

田中(チューリング):
自動運転システムを開発するためには、当然膨大な走行データが必要になります。非エンジニアからすると「走行データはタクシー会社や自動車関連会社が保有している既存のデータを使えばいいのでは」なんて思ってしまいますが、実はそんなに簡単なことではありません。そのためチューリングでは、これまで自社単独でも累計10,000時間以上の走行データを取得し、データベースを構築してきました。

山本(チューリング):
例えば車の横から見た映像がほしいとなれば、カメラをサイドに取り付けるために車に穴を開けなければなりませんし、複数のカメラ映像を同期する必要があります。そうすると相当な量のデータをクラウドにアップする必要がありますし、センサー間の協調動作をゼロから構築するのも大変です。こういったものの積み重ねに対処するのは思っているほど簡単ではありませんし、色んなところでエンジニアコストがかかりますね。

田中(チューリング):
とはいえ、必要なデータをすべて自分たちで取得するのは困難です。例えば今後はデータ量に加えて多様性も重要となってくるため、時間帯や気象条件、道路環境や地域特性といったデータが必要になってくるかもしれません。なので自動車メーカーや部品会社、ソフトウェアを提供しているサプライヤーなどとは、適切に連携していきたいと考えています。

── チューリングの目下の目標を教えてください。

山本(チューリング):
2025年の12月までに、東京で30分間、人間が一切介入しない、カメラとAIだけを使った自動運転のプロジェクト「Tokyo30」を実行する予定です。その成功が目標ですね。

田中(チューリング):
人間が運転してそれなりに難しいルートを、人間による介入なしで30分程度走れれば、2030年時点では世界でも有数のポジションになれると考えています。30分というのは相当高い目標ですが、東京の簡単な道で30分走れたらOKだとは全く考えていません。

── 東京における30分の自動運転というと、何が特に課題となるのでしょうか。

山本(チューリング):
例えば、他の車とのネゴシエーション、歩行者との関係性、右折車と直進車の関係性、信号などですね。特に多差路は、どれが自分の従うべき信号なのか人間でも判断に迷うので、これを自動運転で安全に渡れるようにするのは大変です。

田中(チューリング):
多差路でたくさん信号がある中、どの信号に従ってどの停止線に自分が止まるかという判断を人間はなんとなくこなしていますが、そう判断した理由を説明しろと言われたら難しいですよね。他にも運転している最中には、道路に自転車がいることもあれば、工事していることもある。これらすべてをクリアしなければなりません。課題はまだまだたくさんありますね。

NDVの他の案件とはちょっと違う? チューリングとは長期的な共創を

── それでは、NDVからチューリングに投資した理由やきっかけを教えてください。

雨宮(NTTドコモ):
私がチューリングに出会ったのは2022年でした。自分が車の運転が好きということもあって、モビリティ関連のスタートアップを当時ひたすら探していたんです。そんなときにたまたま見つけたのがチューリングでした。伝手がなかったのでウェブページから「話を聞かせてほしい」と連絡したんですよね。ただこういう連絡って回答率は3割ぐらいなので、返信は期待していなかったんです。でも幸いにも共同創業者の青木さんがすぐに返信してくれました。それで新川崎のラボに遊びに行ったら、青木さんが市販車の解析をしていて、そんな中お話を聞かせてもらったんです。

雨宮 大地 | AMEMIYA Daichi 株式会社NTTドコモ 経営企画部 事業開発室 docomoSTARTUP担当 担当課長
雨宮 大地 | AMEMIYA Daichi
株式会社NTTドコモ 経営企画部 事業開発室 docomoSTARTUP担当 担当課長
2016年に官民人事交流制度で経済産業省に出向、AI/IoT/ビッグデータ活用政策を推進。
平成29年度補正予算にて「AIシステム共同開発支援事業(NEDO)」を企画・実行し、先端的なAI技術を保有するベンチャー企業と事業会社の連携を支援。
2018年にNTTドコモに復帰、経営企画部にて中期事業計画の策定等に向けた施策を推進。
2021年7月NTTドコモ・ベンチャーズ参画。
2024年6月から現職。

山本(チューリング):
この事業はずっと資金調達をし続けなければならないことは、最初からわかっていました。そのため創業時から投資家とは何十人と密にコミュニケーションをとっていたんです。ただ自分から連絡をくれて、実際にラボまで来てくれたパターンは珍しいですね。

雨宮(NTTドコモ):
え、そうなんですか。そういう意味でも僕はチューリングに思い入れが深いですね。

雨宮(NTTドコモ):
とはいえ、この時点では創業して間もなかったということもあって、投資には至りませんでした。ただその約1年後、NDV前社長の笹原が繋いでくれた縁で、前回お会いしたときにはまだ参画していなかった田中さんから改めて事業紹介をしていただく機会を得たんです。それで現社長の安元と事業進捗や将来ビジョンを伺い、投資検討を進めることになりました。検討の過程では、中長期目線でドコモとの事業シナジーをどう描くかといった、NDVが出資する意義などに関するディスカッションに夜中まで付き合っていただいています。チューリングの皆さんのこのようなご協力もあって、無事に出資決定までもっていくことができた、というわけです。

── チューリングとNTTドコモで、何かしらのビジネスの重なりがあったのでしょうか。

雨宮(NTTドコモ):
詳細はまだ語れないのですが、NTTドコモ自身、これまでモビリティに関連するビジネスや実証実験に関わってきましたし、将来的に自動運転やモビリティの新たな事業に乗り出す可能性は十分にあります。その中で鍵になるのはやはり完全自動運転です。日本でそれを実現できるのはチューリングであると僕は思っています。それで今回タッグを組ませてもらいました。

雨宮(NTTドコモ):
NTTドコモに限らず、NTTグループの中で自動運転に取り組んでいる方やモビリティに関心があるキーパーソンが応援をしてくれたのも投資の決め手でした。改めて振り返ってみると、たまたまチューリングを発見して、連絡が返ってきて、ラボに行って、社長経由で再開し、社内も応援してくれたりと、奇跡的なことが重なって投資が実現していますね。感慨深いですが、このプロセスでは再現性がありませんね(笑)。

田中(チューリング):
色々と奇跡的なことはあったのでしょうが、雨宮さんが情熱をもって案件を進めてくれたから投資してもらえたことは伝わってきましたし、感謝しています。文句はいくらでもつけられる投資だと思うので。

雨宮(NTTドコモ):
僕としては、山本さん、田中さん、青木さんの3人のチームであれば、どんな困難も乗り越えられると思っています。そのチームの魅力を最大限伝えることが大事だと思って頑張りました(笑)。実際、他の投資は、スタートアップとの短・中期的な共創案を描いて投資するケースがほとんどなのですが、チューリングへの投資についてはそれらとは異なりNTTドコモの未来の事業のために投資させてもらったという側面が強いですね。

── とはいえ、短期的にNTTドコモとしてチューリングを支援できることはあるのではないでしょうか。

山本(チューリング):
NTTドコモに限らず、NTTグループのアセットやリソース、ナレッジに上手くアクセスできれば完全自動運転の実現が加速するとは感じています。その協力を雨宮さんたちにお願いできたら嬉しいですね。

田中(チューリング):
実際、既にある通信系の案件でグループ内の担当者を紹介してもらったおかげで、交渉がスムーズに進んでいます。あれは本当に雨宮さんのファインプレーでしたよ。

雨宮(NTTドコモ):
よかったです。先述したように、NTTグループの自動運転に関するキーパーソンもチューリングを応援してくれているので、NTTグループの総力を結集して支援できると思います。いつでも遠慮なく相談してください。

山本(チューリング):
よろしくお願いします。いずれにせよ、僕らはとにかくプロダクトをどんどん開発しなければなりません。まずはTokyo30に向かって頑張って開発を進めていきます。

── 山本さん、田中さん、雨宮さん、本日はありがとうございました。

(執筆:pilot boat 納富 隼平、撮影:ソネカワアキコ)